ゆびさきミルクティー

ゆびさきミルクティー 1 (ジェッツコミックス)

 

限りなく透明でささやかだったはずのストーリー

 

読むと性癖がいい感じに歪みます。

 

青年マンガらしくない絵柄にもかからわず、中身はフェチがひたすらに詰まっている作品。女装好きで女装した自分を好きになる主人公や中学生にして「私は○○くん(主人公)のオモチャ」と言い切ってしまうヒロイン、元ブラコンの黒髪メガネ優等生ヒロインにブラコンで中年好きの主人公の姉と登場人物が属性ゴリゴリでとにかく濃い。さらに同性愛と近親愛の要素を入れてかき混ぜているので、ミルクティーってそんなドロドロしてたっけ?と思いたくなるところ。

 

主な登場人物が高校生ということもあり、ほとんどみな、うまく自己を確立できていない。誰かの真似をしたり、求められる自分を演じたり、他人からの視線を理解できなかったり。きっと、誰しも同じような時期があったはずで見てるだけで痛々しい、苦しくなるような、そんな物語。

 

この作品を読んだときにひどく納得したのは、主人公が女装した自分を好きになる理由だ。おおよそのところ、男性向けの作品を書くのは男が多いし、女性向けの作品を書くのは女が多い。それはとても簡単な話で、同性のほうが好みを理解しやすいというそれだけの話だ。男のほうが男から見たときにどんな女がそそるのかよくわかるのだ。つまり、女装した男の方が男にとって理想の女を演じやすい。そして、自分の好みを一番理解しているのが自分であるならば……女装した自分が、自分にとって理想の女になってしまってもなにもおかしくないのだろう。

 

僕自身は一度だって女装したことはないけれど、女装した人が外に出たくなる気持ちや女装した自分の写真を撮りたくなる気持ちはとても理解できた。あまり筋肉をつけたくないから女装のためにサッカー部をやめ、日焼けしないように日傘をさす。その情熱はきっとどんなことにも共通するはずのものだ。そのとき、自分にとって一番大切なもののためなら人は他のもの全てを捨てられる。別に他人がどう思おうとかまわない、大切なものは自分だけが理解できればいい、自分が納得いくまでやるだけなのだから。

 

いつか熱が冷めるのかもしれない、周囲との折り合いでやめてしまうのかもしれない。でも、そのときそのとき、自分が一番大切だと思っていたことを忘れてしまうのは少し寂しいような気もする。

 

さて、年下の幼馴染みと隠れた隠れた魅力を持った同級生、あなたはどちらを選びますか?

 

それとも、自分の理想の女性を追い求めて女装を続けますか?